週刊外資系新聞

営業マネージャーのための予算必達術

メルマガ 2011年2月26日号

第3章 外資系企業で求められる語学力

番外コラム1 二重言語の社会が来る

日本の企業でも社内で普通に英語が使われるようになる。もちろん日本語も使われ続けますから、言語が二重化するということになるわけです。

二重言語の社会。こんな時代は前代未聞だと思いたいところですが、歴史を振り返ってみると、日本でも外国でもこういう時代の方が長かったということを知ります。

日本では極端に言えば戦後になるまで、漢文が公式言語でした。古くは古事記が漢文で書かれたことで始まって、正式な書類は漢文、つまり古典中国語で書かれていました。

戦前に作られた法律も漢文で書かれていました。正確に言うと、法律は漢文訓読という漢文と日本語の混合言語で書かれています。日々の暮らしは日本語で。正式な文書は古典中国語で。こうした二重言語生活をしていたわけです。

ただ、日本がヨーロッパ諸国と違っていたのは、漢文が書き言葉だけに使われて、話し言葉はどんな身分であれ、日本語が使われていたことです。武士の話す日本語は漢語由来の堅苦しい言葉が多いものの、町人にも分かる日本語でもあったのです。

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世俗語だった西欧語
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ヨーロッパの場合は、二重言語といっても様子が異なります。話し言葉からして、身分によって違う言語を話していました。地域による言葉の違いより、身分による違いの方が大きかったのです。

封建時代のヨーロッパでは、支配階級はラテン語を話していました。その頃ラテン語は一種の国際共通語でした。教会の説教はラテン語で語られていましたし、大学の講義もラテン語で行われていました。

貴族や聖職者といった支配階級は、ラテン語の教育を受けています。ラテン語は国際共通語ですから、この階級の間には言ってみれば国境はありません。ラテン語さえ知っていればどこの国で暮らそうが、事足りたわけです。王族同士の国際結婚が多かったのも、これなら納得がいきます。

いっぽう、民衆は現地語であるドイツ語や英語を話していました。まだこうした現地語には文字すらなく、口頭で話すだけの言葉として扱われていました。

英語の祖国、イギリスの場合はもっと事情が複雑でした。ノルマン人であるウィリアム一世がイギリスを征服すると、イギリスの支配階級はフランス系の人に取って代わられました。(1066年のノルマン・コンクエスト。)

このことによって、聖職者はラテン語を、貴族階級はフランス語を、一般の民衆は英語を話すという3重言語の国になったのです。

日本では支配階級も被支配階級も日本語を話しましたが、イギリスでは階級によって話す言語が異なるという事態になったのです。

英語にはこの痕跡が残っています。
豚はピッグなのに豚肉はポーク。牛はオックスかカウなのに牛肉はビーフ。羊はシープなのに羊肉はマトン。前者は元もとの英語、後者はフランス語由来の言葉です。

つまり、家畜を飼う農民は英語の名称を、肉を食べる階級の人はフランス語の名称を使っていたということの名残です。

この時代は長く続きました。
こんな例があるくらいです。「1718年に事実上の英国総理大臣となったロバート・ウォルポールは、ドイツ生まれのジョージ1世王との会話に依然としてラテン語を用いていた。(中略)しかし、イギリス人王女がデンマーク王に嫁いだ1765年の時点では、すでに両者はフランス語で話していた。」
(メルチャーズとショーの『世界の英語』から。山田雄一郎『日本の英語教育』岩波新書 2005年 32ページの山田訳より)

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フランクに話せる階級
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フランクという英語の言葉があります。
“あけすけに”とか、“腹蔵のない”といった意味です。
To be frank with you, とかFrankly speaking などと使います。

このフランク、元々は“フランス人のように”という意味です。しかし、なぜフランス人のように話すことが、“あけすけに”という意味になるのでしょうか。

その頃イギリスの支配階級はフランス人でした。支配階級ですから庶民のことなど気にも留めず、何も臆せず、おおっぴらに話すことができる。このことからフランク=気取らない、あけすけのという意味になりました。

フランクというと、もう一つ、国際共通語という意味で使われるリンガ・フランカ(Lingua Franca)という言葉があります。

こちらは由来が違っています。
リンガ・フランカは元来、地中海沿岸で商取引のために使われていた混成語のことです。フランス語、イタリア語、スペイン語、ギリシャ語、トルコ語、アラビア語など地中海に面した国々の言葉が交じり合って生まれた言葉です。

この場合のフランカは“フランス人の”といういう意味より広くて、地中海貿易のもう一方の主人公であるトルコ人・アラブ人から見たヨーロッパ人全体という意味です。フランク族(franca)でヨーロッパ人を総称し、彼らが話す言葉(lingua)という意味です。

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民衆の国際語
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階級で言語が分かれていた時代は終わり、国の言葉=国語が国民をまとめる力になる時代が来ました。国民国家が生まれた近代です。

同じ言葉を話すから、同じ民族で、同じ国民であるという考え方です。世俗語とされていた各国語は国語に昇格し、民衆に言葉の教育が行われるようになりました。

言葉は、封建時代には階級を固定化させる力となり、近代には国民をまとめる力になりました。

我々にとって大事なことは、かつて支配階級はラテン語なり、フランス語なりの国際共通語を持っていたのに、一般の民衆は現地語しか知らず、民衆レベルの国際コミュニケーションなど思いもよりませんでした。とりあえず英語を使って、それができるようになりました。

イングリッシュ・ディバイド(英語能力の有無による社会の階層分化)を懸念する論調もありますが、私は一般人同士が意志の疎通を図れるようになったという点で、英語が国際共通語として広がっていくのは結構なことだと思います。

(国際共通語は別に英語でなくても、どの言葉でもいいのです。これは言葉や文化の「優劣」の問題ではなく、最も豊かな国がこの100年間はイギリスとアメリカだったという「経済」の問題です。)

一方で、フランス語を話す支配階級だけがフランクに話せた、という時代があったことも忘れてはなりません。

言葉は人を分け隔てる力も持っているのです。英語が使えるようになったことで、人間的にも一段高級になったという思い違いだけはしないでください。

そんなことわかっている、とおっしゃるでしょうが、どうも「英語使い」たちにはそういう傾向があります。
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