週刊外資系新聞

営業マネージャーのための予算必達術

メルマガ 2010年2月28日号

第1章 上司が欧米人

第8節 上司が消える

 外資系企業では、突然上司がいなくなることがあります。それも、ある日突然。私が以前勤めていたジャパン社では、11年で8人社長が替わりました。単純に平均すると、一人の在任期間は1年と4ヶ月。

-----------------------------------------
8人中7人がクビ
-----------------------------------------
 雇われ社長が会社を去るのには二つの場合があります。
 一つはジャパン社の前途に見切りをつけて自発的に辞めるケースです。大抵は水面下で次の仕事を確保してから辞めるので、社員にはある日突然知らされます。ただ、本人都合の退職なので、後任の体制作りや、引継ぎには時間が取れます。
 実はジャパン社歴代8人の社長の中で、自分から退職したのは一人だけでした。7人は英語で言うPush out、つまりクビです。たった1年4ヶ月半では、実績を上げようもないだろう、と思いますよね。「お試し期間」がそんなに短くては、功を焦るのも無理からぬ。クイック・ウイン志向に走るのも理解できなくはありません。
 社長解任の背景を詳しく見ると、ジャパン社の大株主が変わった、つまり、ジョイント・ベンチャーの解消で選手交代というのが一回、本社の大株主が変わった、つまり本社がM&Aされたので退場というのが一回でした。政権交代が起きたのですから、子会社の社長の交代なぞ、少なくとも外資系では、驚くような出来事ではありません。
 さて、残る5人の社長解任は、子会社の業績低迷の責任を取らされて、追い出されるというものでした。
 本社の社長は考えなかったのでしょうか?
何回人を替えても業績が上向かないのは、「誰がやってもダメなんじゃないか?」 「不振には何か他に重大な原因があるんじゃないか?」と。
 そう、重大な原因はあったのです。
それは辞めさせられた「人」の資質の問題ではなく、「人」さえ替えれば上手く行くようになるんじゃないかと考える本社の経営感覚に間違いがあったのです。

-----------------------------------------
萎縮する社員たち
-----------------------------------------
 業績が上がらなくて、社長がすぐにクビになる。そんな会社では、マネージャーや社員が二種類の生き物に進化していきます。
 ひとつはタコです。
 自分の仕事の領分を頑なに決めて、そこから外には出ません。他部署から依頼されるルーティン外の仕事は断固拒否しますし、自分の縄張りの線引きに関わるような業務改革にも絶対反対です。
 オフィスにタコツボがポコポコ生まれます。
 営業部門ではもっと深刻で、こっちは貝です。
 失敗を回避しようと、若い社員までが自己保身に頭を使うようになります。新しい業務や方針に賛成でも反対でもない、ただ尻込みをするだけ。発言すれば責任が発生してしまいますから。
 営業は市場が相手、お客が相手の仕事です。
 ある程度の予測はつきますが、新しく打ち出した営業政策が受け入れられるかどうか、功を奏するかどうかなんてことは、「やってみなけりゃ分からない」のです。一方、現状ではジリ貧の状態なのですから、何か新しいことを試さなければ、事態は一向に好転しません。
 新製品の発売を前に、ミーティングをしました。
「今回の新製品には仕入れ額に応じて、インセンティブ(報奨金)を出そう。一度に500個仕入れてくれたら10万円、1000個なら25万円を卸売り価格から値引きしよう。問屋にも在庫を抱えてもらい、商品を市場に押し出す作戦だ。
 小売店にも新製品の陳列コンテストに参加してもらい、商品の店頭露出度に応じて景品を出そう。」
 大々的な宣伝を打てないので、新製品の導入をサポートするには、こうした作戦が精一杯でした。
 会議卓を囲んだ貝くん、貝さんたちは無言です。
 そのうち、ベテランの貝さんがつぶやきます。
――それ昔やりました。リベートには問屋は乗ってこないです。
 若手の貝くんがこう言いました。
――有力な小売店はディスプレー・コンテストには参加してくれないんです。
 今度は別の貝さん。
――リベートの計算は営業でやるんですか? 経理がやってくれるんですか?
 「それみんな営業の仕事だろ。やる前から言い訳を考えるのはやめようよ」と言おうとして、呑み込みました。こんなノリで始めても、取引先を説得することなんてできません。
「あー、また貝の蓋を閉じさせてしまったのか・・・」。
 その時、以前務めていた会社でフランス人のH会長から聞いた話を思い出しました。
 その会長、歳は70代の後半でしたが、肌も色艶よく、際どいジョークが大好きな紳士でした。
 H会長いわく、「失敗した時は上司に問い詰められるだろう。何故そんなことしたんだ? クドクドと理由を聞かれるよな。ベスト・アンサーを教えてあげよう。そんなときは、ウジャウジャ言わずに『私がバカだったから失敗しました』と答えるんだ。そうすれば、ワシはそれ以上追求はせん」。
 私自身がこの言い訳を彼に使う機会は残念ながらありませんでしたが、いつか使ってみようとは思っていました。
 「分かった。上手くいかなかったら、私がバカだったということにしよう。責任は私が取る。商談を始めて、乗ってこないお客は報告するように。私がもう一度同行して話をしてみるから。それでダメならその時は、失敗はホントに私の責任になるからね」。
 下を向いていた営業部員の視線が前を向きました。
 貝の蓋がちょっとだけ、開いた気がしました。
 メルシー、ムッシューH。

-----------------------------------------
会社は「人」なり、なのだろうか?
-----------------------------------------
 会社は突き詰めると「人」だと、言われます。それは、その通りです。
 どんなに優れたビジネス・モデルでも、それを動かす人がいなければ始まりません。
 しかし、この「人」の資質ばかりを問題にしていると、解決策は「選手交代」しかなくなります。
 社長の途中退場を頻繁に目にすれば、社員は縮こまってしまいます。特に、優秀な人ほど「私だからできた」という意識になりがちで、これが何かのきっかけで裏返ると「できなかったら私が悪いと責めるのね…」と、硬い殻に入ってしまいます。
 理想的なのは、「誰がやっても上手くいくようなやりかたを、私だから考えついて、実行できた」というリーダーシップのあり方でしょう。
 が、これは理想です。「誰がやっても上手くいく」ビジネスのやりかたなど、私には思いつきません。
 でも、ひょっとすると、フランス人のムッシューHが教えてくれたベスト・アンサーこそ、この「誰がやっても上手くいく」やり方だったのかもしれません。
 言い訳など求めず、責任を引き受けてしまえ、と。
 上手くいかなければ、退場となるのが外資系なのですが、上司の失脚を目の当たりにして萎縮していてはダメです。逆説だったのです。グラン・ゼコール出身の優秀な人間を次々に送り込んでも上手くいかなかった、誰がやってもダメな会社は、「誰でもできること」で救い得たのでした。
 「人」のせいにしない。
 責任転嫁の連鎖を自分の所で断ち切る。
 これで強いチームが生まれます。
 そうすれば、やはり「会社は人」なのですから、業績が上がらないワケはありません。
 次回は、「そんな高説をぶつ筆者が、どうして会社を辞めたのか?」というお話です。キーワードはもう一度「責任」です。

今回もお読みいただきありがとうございます。
>>>メルマガ目次に戻る
>>>ホームに戻る