週刊外資系新聞

営業マネージャーのための予算必達術

メルマガ 2010年8月23日号

第3章 外資系企業で求められる語学力

第3節 英語モードと日本語モード

以前にもこのメルマガに書きましたが、日本語では寡黙な人が、英語だと急に多弁になることがあります。
これは英語モードと、日本語モードを無意識に使い分けているからではないかと思います。

TOEIC900点を超えると、英語を話す時の頭脳の働き方が変わってくる・・・
ような気がします。
日本語で文を考えてそれを英語に訳すという回路でなく、概念をいきなり英語にしてしまう。

今英語で話したことを日本語で言ってみろと言われて、すぐに適当な日本語が出てこないということが私にもあります。
日本語で一度考えてから英語に訳すという手順を踏んでいないので、言葉に詰まってしまうのだと思います。

英語で考え、英語で話すときは、文法のことは殆ど考えていません。
最初の文が次の文を芋ずる式に引っ張り出してくる。
日本語でも「てにをは」の使い分けを、頭で考えながら喋る人はいないでしょう。
どちらも、無意識に言葉をあやつっています。

話す内容については前頭葉を使って考えていますが、言葉をあやつるという領域では、言語中枢が無意識に働いているのでしょう。

さらに、話し手は無意識に「話し方のモード」を日本語を話すときは日本語モードに、英語を話すときは英語モードに切り替えているのではないかとも思います。

「話し方のモード」とは、話す内容そのものではなくて、話の筋道の通し方や(強引だったり、理屈っぽかったり)、聞き手の気持ちへの心使いや(前置きや言い換えで表します)、使う言葉の量(多弁か言葉を選んで話すか)といった、「流儀」です。
個性の問題もあるでしょうが、言語による違いが大きいと思います。

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談論風発と沈思黙考
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英語モードと日本語モードはどう違うのか?

英語モードは談論風発型、日本語モードは沈思黙考型ではないかと思います。

英語を話すときは「喋りながら」周りを見ます。
周囲を見回して、どうも自分の意見が間違っていたようなら、喋りながら修正していけばいい。
「喋りながら考える言葉」とも言いましょうか。

そう言うと、とても軽薄な言語のように聞こえますが、そういうわけではありません。
シェークスピアの芝居の台詞など、喋りながら考えをまとめていく好例です。

『ジュリアス・シーザー』で、ブルータスと仲間の男たちがシーザーを暗殺した直後に、こんな会話をします。

ブルータス:問題は、いつ死ぬのか、いつまで生きながらえねばならぬのかだ。
キャシアス:なんのことはない、命を二十年縮めてやれば、死を恐れて過ごす年月をその分縮めてやっただけのこと。
ブルータス:だとすれば、死はむしろ恩恵ということになる。つまりわれわれは、じつはシーザーの味方にほかならんということか。(注1)

お芝居とはいえ、人を殺したばかりなのに、随分おしゃべりな人たちです。

多弁に意見を交換し、その結果として、正しい結論に行き当たればいい。
古代ローマの市民社会の流儀が、英語モードの多弁さの背景にあるのでは、などと思ってしまいます。

いっぽう翻って、日本語を話すとき。
こちらは「周りを見てから」喋ります。
周囲を見回して、空気を読んで、話す内容を頭の中で吟味してから喋ります。
「よく考えてから話す言葉」と言っておきましょう。

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日本語では前言撤回が許されない
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欧米人も言葉を選び、慎重に発言する場があります。
「お喋りさん」が寡黙な日本人に変身する、発言の少ない、重々しい会議があります。
それはどんな会議かというと、予算会議です。

他の会議との一番の違いは、発言によって生じてしまう責任の重さです。
言った以上はやらねばならぬ。
それも明確に数字で約束をしなくてはならないわけです。

発言と実行責任が表裏一体になると、当然慎重に話さなくてはならなくなります。
一度言ったことは取り消せない。

沈思黙考型の日本語モードの背景には、前言撤回を許さないという武士社会の規範があるのではと思います。
綸言汗の如しなんて言葉があるくらいですから。(注2)。

取引先の日本企業の社長に「ダメなものはダメなんだ」と言われたら、ひとまずは「そこまでだ」と考えましょう。
ディスカッションの余地はありません。

これが、欧米人の上司や、本国には分かってもらえないんですね。
「説得の余地はない。先方の言う条件を飲むか、この商談はあきらめるしかない」と報告しても、「理由は何だ? あなたの説明が足りないのではないか?」と問い返されるだけです。

そうならないように、欧米人の上司や本社には、こう進言しておきましょう。
日本語では一度言ったことを変えるのは難しい。
それはこちらの発言にとっても、先方の発言にとっても同じで、前言撤回は認められない。
だから、観測気球を上げるつもりで、リスキーな提案を気軽にしてはいけない、と。

また、何かの事情で、以前に言った条件を変えるときは、理由は何であれ、前言撤回は無責任で不誠実な行為と受け取られるので、理由の説明は最小限にして、相手が喜ぶ少しの譲歩をお土産にもって行くしかない。
価格交渉には応じられなくなったが、納期は少々無理が利くとか。

ビジネスで英語を使う人に求められているのは、こうした通訳の仕事だと思います。

今回もお読みいただきありがとうございます。

(注1) 安西徹雄訳。光文社古典新約文庫。86-87ページより
(注2) りんげんあせのごとし。一度発した言葉は、汗が再び体内に戻らないように、取り消しができない。マイクロソフトのIMEで試しに一括変換したら、見事に出てきて驚きました。


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