週刊外資系新聞

営業マネージャーのための予算必達術

メルマガ 2010年7月11日号

第2章 欧米型のマネジメント・スタイルに学ぶ

第6節 プラクティカルであるために

このメール・マガジンの第一章で、新任上司は自分の思い込みや、それまでの成功法則に捕らわれて失敗しやすいと書きました。
更に、短い時間の中で功を立てることを求められる外資系の会社では、この傾向がなお顕著になるとも。
そうならなかった人のことを、最近読んだ本で知りました。
今回はその本を読んで思いついたことを書きます。

その本は”A Better War”(訳書はまだないようです)で、副題に「検証されなかった勝利と、アメリカのベトナムにおける最後数年の悲劇」と記してあります。(注1)

ルイス・ソーレイ(Lewis Sorley)というアメリカ人の戦史家が書いた本で、ベトナム戦争の後期、ベトナム駐留アメリカ軍の総司令官クレイトン・エイブラムズの仕事ぶりが綴られています。

10年以上前に出された本ですが、最近になって、イラク・アフガニスタンの泥沼化した戦争をいかにすべきかのヒントが書かれているとされ、ワシントンで広く読まれている、と新聞に書いてあったものですから、私も手にしてみました。

戦史には組織のマネジメントを考える多くの示唆が含まれています。
戦争の非道義や残虐性を許さない気持ちと、軍人の経験から教訓を汲み取ろうとする姿勢が、自分の中に同居しているのは、おかしなことではないと思います。

エイブラム将軍がベトナム駐留のアメリカ軍の総司令官になったのは1968年。
それまでウエストモーランド将軍が火力に物を言わせて進めていた「索敵・撃破」作戦が効を奏せず、戦争は泥沼化していました。

同年の2月のテト攻勢では、サイゴンのアメリカ大使館まで解放戦線に占拠されてしまいます。それまでジャングルの奥で行われていた戦闘が、テト攻勢では都市を舞台にしたゲリラ戦となったため、マスメディアの眼前で行われ、リアルタイムに報道されました。世界中で反戦運動が盛り上がり始めた時だったのです。(注2)

最悪の時に司令官に着任したエイブラム将軍が、初めにしたことは何だったのでしょうか?
エイブラハム将軍自身の任務は何なのかを、はっきりさせることでした。
「オレは何をしにベトナムに来たのか? この戦争で俺たちに何をすることが求められているのか?」
彼はこれを自分で考えるのではなく、部下に考えさせました。
資料を集めさせ、幕僚を集めて会議を開き、説明を求めました。

― 以下引用 −
「今戦場で実際に起きていることを考えると、幕僚の説明はみんなウソっぱちだった。そこでオレは研究グループを作らせた。そいつらにオレの任務が何であるべきかを研究させ始めたんだ」(123ページ)

会議の様子を録音していた膨大なテープを聞き起こすことから作業を始めて書かれた本なので、臨場感のある肉声がいたるところに盛り込まれています。

この本では、エイブラムが始めた研究チームは、新しい作戦と戦い方を生み出したとされています。

「パシフィケーション(平和化作戦)」と呼ばれる作戦で、大規模な戦闘を行うのではなく、小さなパトロール部隊が村々を巡回し、平和の回復と民主的な行政をベトナムの農村にもたらす事で、農民の解放戦線へのシンパシーの根絶に成功したと主張しています。

「ベトナム後遺症=アメリカ流自虐史観」に一石を投じようという作者の筆の勢いを差し引いても、エイブラムが指揮を執ってからのベトナム戦争には、私が思い込んでいたのとは違う側面もあったことを知りました。

例えば、人口の2%が45%の土地を所有していた南ベトナムで、戦争末期に「農地解放」が行われ、1972年までには150万エーカー(375万ヘクタール)が40万人の小作農に与えられた事実は知りませんでした。(注3)

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自分のことは自分で決めない
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現代史の話はこれくらいにしておきましょう。

この本を通じて、私が感心したのは、エイブラム将軍の、面子や体裁にこだわらない、プラクティカルなマネジメント・スタイルでした。

例えば、着任早々の戦況報告会議で、戦闘の勝利の報告をしようとした士官を制します。
「Good Newsは後回しにしてくれ。そうだ、会議のやり方を変えよう。悪いニュースから始めることにする。それでまだ時間があったら良いニュースを聞かせてくれ。」
(33ページ)

エイブラムも、大統領や国防長官に報告する「良い知らせ」が欲しくないはずはありません。
しかし、自分に課せられているのが「悪い知らせにどう対応するか」という仕事だということを、彼は肝に銘じていたのだと思います。

紹介されている逸話の中で、私が注目したのは、前に書いたように、エイブラム自身のミッションを部下に考えさせた、という点でした。

外資系企業では、着任した新任上司は、部下に彼・彼女がどんな仕事をしているのか、今の課題は何なのかを面接して聞きます。
「ジョブ・ディスクリプションについてのインタビュー」ってやつですね。

これを一通り終えると、新任上司は孤独な作業を始めます。
自分のミッションは何か?
自分のチームが何をしなくてはならないか?
どうすればいいのか?

そして、新しい予算案や行動計画を発表します。

この「孤独な作業」がクセモノなんですね。
新任上司が作り上げるプランは、たいていロクでもありません。
前例踏襲か、「うそ!」といいたいほど現実離れしたものか、どちらかです。

エイブラムの取った方法は、自分の任務は何かを、自分で考えるのではなく、部下に考えさせて、その答えの合理性を自分が判断するというものでした。

自分の一番大事な仕事を部下にやらせていると非難されるかもしれません。
しかし、私は彼のプラクティカルな考え方が発揮されていると思います。

自分の任務を自分で考える。
当たり前のことのようですが、これには陥穽が潜んでいます。
自分の面子の立つように、無意識に結論を導き出してしまいがちだからです。
また、それ以上に、ついつい自分の「思考のクセ」や「行動の好み」が出てきてしまいます。
「孤独な作業」をしているうちは、自分の好みやクセが無意識に影響を及ぼすことを排除することはできません。

ましてや、エイブラムズは軍人です。英雄的な行動、一挙に形勢を逆転させる大作戦に心惹かれる自分の魂を知っていたのでしょう。だから、あえて「孤独な作業」を退けたのではないか。
自分の任務は何なのかを、代わりに部下に考えさせたのではないか。
英雄志向を退けて、自分自身を律するプラクティカルな方法を選んだのだと思います。

実践家たろうとしたエイブラム将軍は歴史に名を留めませんでした。
先に揚げた『ヴェトナム戦争全史』では330ページの本文中で一箇所だけ、
『ベトナム戦争』(松岡完・中公新書・2001)では何の記述もありません。

しかし、彼の指揮によって、この本”A Better War”によれば、
1970年にはアメリカと南ベトナム軍は戦勝の一歩手前まで押して行ったとされています。

出だしから厳しい状況に投げ込まれるのが、新任上司の運命です。
泥沼の戦線を任されたエイブラム将軍のプラクティカルな考え方から学ぶことは多いと思いました。

今回もお読みいただきありがとうございます。

(注1)A Better War, The unexamined victories and Final tragedy of America’s last years in Vietnam, Lewis Sorley, A Harvest Book, Harcourt, Inc. 1999)
(注2)『ドキュメント ヴェトナム戦争全史』小倉貞男(岩波書店,1992)
(注3)上掲書では1975年までに112万ヘクタールが86万人に与えられた、としている。ちなみに日本の戦後の農地改革の規模は200万ヘクタール。

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