週刊外資系新聞

営業マネージャーのための予算必達術

メルマガ 2010年5月2日号

第2章 欧米型のマネジメント・スタイルに学ぶ

第2節 チェック、チェックまたチェック

 P女史はパリの本社の営業担当副社長でした。日本の営業責任者である私の直属の上司でもありました。口癖は”Check it and get back to me.”「調べてから私に報告してちょうだい」。
 例えば、売上の向上策を話し合っている場面。彼女は肝心のアクション・プランを吟味する前に、結論の前提となっている事実のチェックを事細かにします。
 この数字はどこから持ってきたの?
 経理の上げる数字と食い違っていない?(営業のナマの数字は、経理の手続きを経ると変わることがあります。)
 食い違っているとしたら、その理由は?
 日本人マネジャーだけでなく、欧米人のマネジャーにも、同じ質問を浴びせていたようです。各国の営業マネジャーを集めた会議で、Pさんが「発想はいいけど、データが弱いわ。調べて報告してちょうだい」と、例によって命じた時に、居合わせた全員が一斉に苦笑いをしましたから。
 細かいチェックにウンザリしたマネジャーたちは、会議の後、自然とホテルのバーに集まっていました。
「責任を取りたくないので、ワザと話をそらしているのか?」
「問題の本質を理解していないのではないか?」
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その前提は正しいの?
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 同じ立場の人間たちと一緒にいる気安さから、私もこんなことを言いました。
「そうなんだよ。月次報告で具体的な方策の提案までしているのに、データやレポートの信憑性についての質問しか返ってこないんだ。こないだは、もう頭に来て、分析も提案も放棄してやった。事実だけ書き連ねて、『指示を待つ』とだけ書いてやったんだ。そしたら、すぐに返事が来て、『あなたが先月提案したことをしなさい』だって。そんなら早く言ってくれ、ちゅーの。」
「チェック、チェックまたチェック」に悩まされている他国の仲間としばしの同盟関係を結び、その夜は溜飲を下げたのでした。
 数ヶ月が経ち、またヨーロッパに出張しました。
 本社の近くのビストロで、Pさんと夕食を共にした時に思い切って尋ねました。
「私が月次レポートでアクション・プランを提案してもあなたは取り合わなかった。でもある時、事実だけ列挙して送ったら、すぐに返事をくれましたね。どうしてですか? それまでの私のレポートの書き方が悪かったのでしょうか?」
 レポートは論旨も明快で良く書けていたと彼女は褒めてくれました。私の提案を退け続けていたのには、別の理由があったのだと言います。
「説得力はあるんだけれど、データの取捨選択に予断の臭いがしたの。結論はもう出ていて、論証のために前提条件を揃えた感じがしたってこと。私が例外的なデータはないのかとチェックを入れると、それは統計的に有意ではないとあなたは答えて来たわよね。後から送ってきたデータ列挙型のレポートには、そうした予断の臭いがしなかった。そのレポートをベースにして、私は今までの提案を見直したのよ。」
 反論をしようとした私を制して、こう言いました。
「間違った結論は取り消して、やり直しができる。でも、間違った前提は一度採用したら取り消せないのよ。」
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失敗の連鎖を防ぐ
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 話し合いに加わっている人が自然に納得できる、話の流れ=「空気」というものがあります。この「空気」は人間関係を維持する上で大事な要素です。ここに力点を置くと、合意形成を念頭にした、「事実より気持ちを重視する」型の作法が生まれます。
 この作法では、前提となっている事実の真偽を突き詰めるより、導かれる結論が快く受け入れられるかどうかが問題になります。ビジネスを離れた「人付き合い」の場では、欧米人も場の空気に大変気を配ります。「人付き合い」のキー・ポイントが「気持ち」であるのは万国共通です。
 ところが、日本ではこの作法がビジネスの場にもしばしば適用されます。
 コンセンサス志向は強力な一致団結を生み出しますから、結果として、労使一体のハード・ワーキングを支え、戦後日本に経済発展をもたらしたのだとも言えるでしょう。
 しかし、「調和」志向で「気持ち」重視型の作法は、こうした肯定的な側面を持つと同時に、話の流れを重視する余り、前提となっている事実の吟味を、「KY」なこととして「はしょって」しまいがちです。
 これではビジネスの意思決定としては不合格です。
 更に困ったことには、偶然の閃きというものもありますから、間違った前提から、正しいプランが生まれてしまうこともあります。けれども、採用したプランがうまく働かない時に、次善策として用意したプランB、プランCはうまく働くでしょうか?
 プランBもCも、同じ前提から発想しているので、失敗するでしょう。それどころか、同じ欠陥を持つ前提条件をベースにプランBもCも実効性を検討されますから、誰も欠陥に気付きません。
 Pさんが恐れていたのは、欠陥のある前提を採用したために、失敗の連鎖から抜け出せなくなるという事態でした。ゆえに「チェック、チェックまたチェック」だったわけです。
 フランスの高校では古典哲学の教育を通して、論理力を鍛えると聞きます。翻って私たちが高校で受けたのは、暗記とドリルの繰り返しを通して、最速で正答に到達する訓練でした。Pさんの「鍛えられた論理力」に触れ、私は彼我の差がまだ一朝では追いつけないほどであることを自覚しました。

 今回もお読みいただき有難うございます。
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