週刊外資系新聞

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メルマガ 2010年3月28日号

番外コラム 犬が教えてくれたこと

 メール・マガジン読者の皆様
 第二章に入る予定でしたが、番外編を送らせていただきます。
   ◆
 飼い犬が先週、息を引き取りました。15年以上一緒に暮らしてきたゴールデン・レトリーバーです。人間の年齢に換算すると105歳。いつも一緒にいた妻の腕の中で静かに最期を迎え、大往生でした。でも、やはり悲しく、大きな欠落感にとらわれています。
 今回は犬についてのコラムを設けさせていただきました。よろしければ、お付き合いください。
 マルコム・グラッドウェル氏の近著の題は、"What the Dog Saw"、訳せば「犬が見たもの」です。("What the Dog Saw", Malcolm Gladwell, Little, Brown and Company, 2009) といっても動物学の本ではなくて、氏が雑誌『ニューヨーカー』に寄稿したコラムを集めたアンソロジーです。
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犬は何を見たのか?
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 この本の表題にもなっているルポルタージュ、“What the Dog Saw"の主人公は犬の訓練士のセザール・ミランさんです。
 ミランさんはメキシコ生まれ、アメリカには不法移民してきました。今はロサンジェルスで「犬の心理学センター」なるものを経営し、ナショナル・ジオグラフィック・テレビで犬の番組まで持っています。
 ルポでは、何度も噛み付いて飼い主に重症を負わせるような「問題犬」が、魔法をかけられたように手なずけられていく様子が描かれています。
 筆者はミランさんの「天才」の秘密を意外な所に見つけます。
 まず人類学者のブライアン・ヘア氏がチンパンジーと犬を相手に行った実験が紹介されます。
 伏せて置かれた三つのカップのどれかに餌が隠されています。人間が「ここに隠してあるよ」と指差します。チンパンジーは遺伝子レベルでは人間と98.6%も共通していますが、人間の仕草を理解することができず、人間が指差したカップの所には行きませんでした。霊長類は同じ種どうしなら、仕草の意味を理解できると言われています。しかし種が違う人間の仕草は理解できなかったのです。
 一方、犬は人間の仕草にすぐに反応し、餌が隠されたカップの所に迷わず行くそうです。
 ヘア氏はこう解説します。犬がチンパンジーよりも頭が良いのではなく、犬はいつも人間の動作に注目しているからだ、と。
 動物行動学者のパトリシア・マッコーネル氏のコメントも紹介されています。
-- 散歩の途中で知らない犬を連れた人と遭遇した時に、 犬が注目するのは自分の飼い主の動作である。 飼い主は無意識に息を止め、目を丸く見開き、 口を“O"と発音する形にすぼめる。 肉食獣の世界では、これは攻撃的な態度の表明なのである。 そして、大抵の飼い主は犬を引き寄せようとリードを引く。 犬には攻撃開始の合図とみなされる。
("What the dog saw"p.135より引用)
 犬は相手の犬ではなく、飼い主の表情や微妙な身体の動きを見ているのです。
 では、天才訓練士ミランさんの所作のどこに問題犬を手なずける魔法があるのでしょう?
 グラッドウェル氏はダンスの専門家に取材します。
ダンスによるセラピーを行っているスージー・トルトーラ氏に、ミランさんの訓練の様子をビデオで見てもらいます。
 トルトーラ氏はこう語ります。
-- ミランは真っ直ぐに立っている。 脚は胴体の真下に位置し、ゆっくりとした歩調で犬に近づいて行く。 まるで体からメッセージが発せられているようだ。 「僕はここに独りでいる。慌ててはいないよ。 まだ自己紹介をしていなかったね。僕はここだ。僕を感じてごらん。」 そして犬の近くにしゃがみ込む。その時も姿勢は 完全にシンメトリーを保ち、重心が低く、安定している。 安心していいのだ、というメッセージを伝えている。(同書p.139)
-- ミランは、犬がじゃれ付くと、素早く静かにリードを引いて制止する。 また犬がじゃれ付くと、同じ制止の動作が繰り返される。 何度も何度も。ゆったりとしたテンポでリズミカルに繰り返され、 美しく、かつ予見可能(プレディクタブル)な一連の動作となる。 素早く軽やかな動作。そこに攻撃性はない。(同書p.140)
“He's using strength without it being aggressive"
「彼は攻撃的にならず力を行使している」(同書p.140)。
“This was not defeat; this was relief"
「敗北ではない、安心の顔だ」(同書p.141)。
 トルトーラ氏はミランさんに対峙した獰猛な「噛み付き犬」がついに制圧されたときに見せた表情をこう評しました。
 無秩序な世界から救い出してもらいたい。安心して付いていけるリーダーに率いられた群れに加わりたい。犬たちはそう考えているのでしょう。そうした群れのリーダーは、言葉や力の行使で意思を強制するのではなく、穏やかな仕草や表情で群れをまとめます。
 ミランさんの行う訓練とは、抑制の効いた所作で犬とコミュニケートし、人間は信頼できるリーダーであることを伝えて、信頼関係を築くことだったのです。(ルポではこのあと、更に興味深いエピソードが出てきます。翻訳出版されたら是非手にしていただきたいです。)
 犬を擬人化し過ぎているとお思いになられるかもしれません。でも、犬も人間も、社会を形成することで生き延びて来た種です。リーダーシップに共通するものがあるのは、当然でしょう。
 さて、社会を構成するには、ゆるやかなものであれ、厳しいものであれ、秩序や規範が求められます。更に秩序や規範を成り立たせているものは何かと考えると、権力や支配といった概念を避けて通ることができなくなります。
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経済学の巨人が見たもの
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 権力の問題に取り組んだ経済学の巨人がいました。ジョン・ケネス・ガルブレイス氏です。1984年に翻訳が出版された『権力の解剖』(山本七平訳・日本経済新聞社)でガルブレイス氏は権力行使の三形態という考えを開陳しています。
1. 懲罰や暴力で人を従わせようとする「威嚇的権力」。
2. ボーナスを与えたり、逆にそれを取り上げる(減給や解雇)ことで人を従わせようとする「報償的権力」。
3. 言葉や思想によって自然に人を従わせる「条件づけ権力」。
威嚇的権力と報償的権力では、被支配者は権力が行使されていることを感じとるのに対し、「条件づけ権力」では、被支配者は権力行使に気がつかない、と分析しています。
-- 権力を受け入れ、他人の意思に服従することが、< 服従している当人の選択なのである。 この選択は、説得とか教育によって人為的に育成することが可能である。 これは公然たる条件づけである。 また、この選択が、文化そのものによって命令されることがありうる。 つまり、その服従を選択することが普通であり、適切であり、 伝統的にも正しいものであると考えられているからである。 これは隠然たる条件づけである。 この公然たる条件づけと隠然たる条件づけの間には、 はっきりした区別がない。 つまり、公然たる条件づけの度合いがだんだんと薄れていくと 隠然たる条件づけになるのである。(『権力の解剖』p.42)
 氏は条件づけ権力は、現代社会において重要度を増している権力だと論じます。また、「リーダーシップは現代においては条件づけ権力を獲得する基本的な資質である」とも言っています。
 個人の資質が権力の源泉になるには二つの場合があります。
 一つは肉体的な力の行使です。この場合は威嚇権力となります。
 もう一つは「何らかの資質」を使うことです。 この場合は条件づけ権力を獲得できます。この「何らかの資質」とは宗教的啓示、知性、魅力・威厳、説得力を持って雄弁に繰り返したり、人をひきつけるような言葉で表現する能力であるとガルブレイス氏は分析します。
 訓練士のミランさんが見せてくれたのは、肉体の力を行使しても威嚇権力にならないケースだったのです。つまり、ガルブレイス氏の言う「魅力・威厳」に該当する、所作や姿勢。これがミランさんに「隠然たる条件づけ権力」をもたらしたのです。私なりの言葉にすれば、「肝っ玉のすわった」人間から発せられるオーラのようなものです。
 敗北による服従ではなく、安心感による帰属意識。言い換えれば、社会的な生物が何万年という進化の過程で身につけた本能の中でも、最も平和的な部分に基づく支配・被支配の形態です。犬とミランさんの間に成立するのも、この関係なのでしょう。
 犬が飼い主を注目しているように、部下も上司を見ています。部内に秩序と調和をもたらすのは、高邁なビジョンを語る言葉である前に、ボスの「肝っ玉のすわった態度や振舞」じゃなかろうかと考えました。
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ウチの犬が見ていたもの
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 週刊外資系新聞のホームページに載せた筆者プロフィールにも書いたように、私は犬が嫌いです。犬は飼い主に似るので、私の犬も犬嫌いでした。しかし、よく考えると私の犬が気を許していた犬の仲間もいました。その「友達犬」とは、私自身が心を開いてお付き合いをしている方々の飼い犬たちだったのです。
 ウチの犬も私のことをよく見ていたのだな。悲しく、おかしい気付きでした。

 今回は番外編にお付き合いいただいて有難うございます。
 次回からは外資系企業のボスのマネジメント・スタイルを書きます。日本企業と違っている点も多いですが、群れを率いるリーダーとして共通している点も多々あります。
 今回もお読みいただきありがとうございます。
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